習うより慣れろの思い出
こんにちは、髙山です。4月の転居からこの1ヶ月は家財の整理と処分の日々でした。紙媒体の書類やプリント類、小物は…と思いつつ、結局は小さなものからと思い直し取り組んでいます。実家ですので、かなり昔の品もあり高校3年生の経済の授業で作った手書きのレジュメ原稿から、教育実習に行った時の手書きの指導案原稿等、仕事柄捨てきれないで保管してきた紙媒体が多々あります。そんな思い出の品々と絡み考えることも多かったので、今日は自分と文章を書くということについて思い出しながら書いてみます。
昔から読書感想文の類は好きではありませんでしたが、特に苦手意識は無く、そういう意味では白い原稿用紙を前に苦しんだという記憶はありません。不真面目で、とても投げやりな適当なものであったとは思いますが小学校の頃からとりあえず、書いてはいました。私が進学したのは中高一貫のカトリックの女子校で学生時代はとにかく書かされました。日常的には感想や振り返り、お祈りというような正誤が問われにくい類のものが多かったので私だけではなく同級生たちも休み時間、通学の電車やバスの中で作業として文字を書き並べていたように思います。エスカレーター進学ながら、中学3年時には「卒業研究」という進学の合否を問う課題があり、自分が決めたテーマについて担当教員の指導を受けながら半年以上かけて取り組み、レポート用紙60枚程度を仕上げるという中学生にはなかなかハードな課題でした(ちなみに私のテーマは三国志でした。)高校では、全体にレポート課題が増えました。そして3年間を通じて毎週必ず倫理の授業があり、教科書もプリント資料も板書も無く、名物となっている先生の講義をB5のルーズリーフ裏表を使いまとめ、自分の意見等も書き提出というノルマがありました。試験も記述で、6問ほどの設問が書かれたB4の試験用紙にひたすら文章で書きまとめるというものでした。様々なテーマを与えられながら文章を書くことが非常に多い6年間を過ごしたことで、大学生になってからの各種レポートや記述試験ではその経験値に非常に助けられました。国語や諸々の私の評価は決して高いものではありませんでしたが、書くという行為に対して抵抗感が無く向き合えるようになったことは、今になっても私にとって大きな力となっているように思います。
私の大学受験の時代に少しずつ小論文が重要視されるようになりました。まだ、本当にオマケのような位置でしたので、今現在のAO入試、推薦入試のように志望理由書や自己推薦書など、文章を書くことが大学入試にここまでウエイトを占めるようになるとは当時は思ってもみませんでした。習うより慣れろ…ではありませんが、当時与えられていた課題に、新聞の天声人語を読み毎回のそれを要約し、自分の感想を含め書くというものがあり、その原稿用紙の束も荷物の奥から出てきました。文章の完成度も重要ではありますが、書くことに苦手意識がある方は、まずは慣れるべく自身で小さな日々の課題を設けるなどしてみてはどうでしょうか?