『人工知能と経済の未来』を読んで その7
矢浪です。私の方は、AO入試・推薦入試以前に常日頃から、ご自身の関心分野を見つけられる上で、参考になりそうな話題を中心にお届けしておりますが、今回は、井上智洋著『人工知能と経済の未来』(文春新書)の第7回目です。
さて、今回は、この本から少し離れ、5月20日に姫路城で開催されました将棋の電王戦での最終のイベントとなりました佐藤天彦叡王(現名人)とポナンザとの対局がありましたので、これについて触れたいと思います。
結果については、ご存知の方が多いかと思いますが、2-0で、ポナンザの方が勝利を収め、この6年間の電王戦での通算成績でも、14勝5敗1引き分けとコンピュータ側が勝ち越しました。
対局後の記者会見では、佐藤天彦名人も含めた将棋界の方のコンピュータの進歩に対する賞賛の声が特に印象に残りました。
これで、電王戦も終わりとなり、コンピュータ側に敬意を表する形で、同じドワンゴ社がスポンサーとなっている叡王戦が、正式のタイトル戦(賞金額の関係から、竜王戦、名人戦に次ぐ序列3位)に昇格となったようです。
さて、史上最強の棋士との評判が高い羽生三冠との公式戦での対局がないままで本当に終わりなのかということありますが、一区切りついたことは確かですのでこれまでの経緯も含めて、振り返りたいと思います。
この連載のその3でも、触れましたが、前世紀の終わり頃までは、明らかに、人間優位の状態が続いていました。
今世紀に入った頃から、駒の形や働きによる形成判断に加えて、機械学習やディープ・ラーニング周辺の開発が著しく進み、従来からコンピュータが得意だったロジカルな探索がものをいう終盤以外に、かつて不得手だった序盤や中盤も改善され、トータルには人間を上回るに至ったといえるかもしれません。
ただ、今回の電王戦を振り返ってみますと、いろいろと気になったこともあり、また、IT社会の課題のようなものも示していただいたように思われますので、雑感も含めて書かせていただきます。
今回で、一番、残念なことは、やはり、史上最強の棋士との評判が高い羽生三冠とコンピュータとの公式での対局が実現していないことかもしれません。
ただ、今振り返ってみますと、やはり、コンピュータは別物で、現役の棋士の方はやはり、人間同士の対局を重視しなければならず、コンピュータとの対局は、あくまでも余興にすぎなかったとみるべきでしょう。
また、この本でも紹介されていましたが、コンピュータがプロ棋士に勝つのは2015年との予想にも見られますようにコンピュータと人間の棋力の関係をプロ棋士の中で、最も客観的に把握されていたのは羽生三冠だったような気がします。
私自身は今回の電王戦の最終局は、実は大勢が決した後の戦いで、実質上の勝負の別れはどこにあったかといいますと、2013年の団体戦での三浦弘行九段(当時八段)とGPS将棋の対局辺りだと考えています。
三浦九段は、一流棋士の条件の一つでもある名人戦リーグのA級の在籍期間が長く、また、羽生三冠が、全盛期の七冠の頃、最初にタイトルを奪取したことでも有名ですが、このような方が、敗れたこととは、将棋界に大きな衝撃を与えました。
このGPS将棋は、コンピュータを何台も連結し、読みの速度を著しく向上させていたこともあり、この後、レギュレーションが強化され、コンピュータの連結が認められなくなりました。
この時点で、羽生三冠とコンピュータとの戦いが実現すれば面白かったのですが、実質的には、この三浦九段とGPS将棋の戦いをもって、2014年からは、運営上、ソフトの事前提供も含めて、棋士側に有利な形でのハンディが多くなったため、コンピュータ対人間という観点では、実質的には、一区切りついていたようにも感じられます。
また、もう一つ、印象に残ったのは、2015年の団体戦では、現役棋士の方がAI将棋ソフトの構造的な弱点を突いて、3-2で勝利を収め、一時的に逆転したことです。
この3勝の中で、私にとって特に印象に残ったのは、Selenceと
永瀬拓矢六段との一戦です。
この戦いでは、永瀬六段が終盤に放った2七角不成にSelenceが対応できず、この戦いは終了になりました。
この時点では、既に永瀬6段の方が優勢だったそうですが、私が想像した限りでは、この指し手は、機械学習かディープ・ラーニングかどうかわかりませんが、人工知能の盲点をついたものだったように思われます。
常識的には、角よりも馬の働きがかなり上のため、角の不成の場合は、特にコンピュータのようにロジカルな探索で指し手を選択する場合は、駒の働きによる評価値も下がるため、相手側のコンピュータ側の方が有利になるはずです。
しかし、おそらくこの局面では、同じコンピュータでも、どちらかというとロジカルな探索よりも、人工知能で最近話題になっている最新の機械学習のようなプロやアマチュアの棋士の棋譜から学び、それを発展させるスタイルを優先しているためか、このような初心者でも指さない手を軽視して想定していなかったか、学習としては取り入れなかったため、正しく認識できず、このような事態が起こったのだと想像されます。
これは、将棋の世界の話ですから、さほど問題にはならないのですが、もし、これが、医療関連のような人命にかかわるシステム上で起こった場合は、取り返しのつかない事態を引き起こしかねないように思われます。
このような状況を踏まえて、人工知能のさらなる高度化に伴い、今後、到来するAIロボットが活躍するコンピュータ社会の盲点を探り当てるためにも、羽生三冠や、今、話題の藤井聡太四段、そして、その藤井四段に炎の七番勝負で唯一、勝利を収めている永瀬六段のようなプロ棋士の方々と最強のコンピュータ(AI将棋ソフト)との公式での棋戦をまだ、続けていただきたいと感じているのですが、やはり難しいでしょうか?
また、頼もしいことに、この電王戦の最終局の記者会見の合間に放映された映像での、コンピュータに勝ちたいという将来の夢を語る少年のメッセージも印象に残りました。
これは、ぜひ実現していただきたいものですね。
将棋の世界も、人間と人工知能との戦いという観点では、とりあえずは、一段落ついたようなのですが、プロ棋士の方がこれをどのように活用していくかといったところでは、若手の棋士の方々を中心に、これからもユニークな取り組みが続くかと思われますので、今後、ますます面白くなるかもしれません。
叡王(AO戦)がタイトル棋戦に昇格になり、大学受験でのAO入試の方も、今後、より一般的な入試のスタイルになる日が来ることを祈りながら、今回の話は、ここまでとしたいと思います。
さて、次回は、この本『人工知能と経済の未来』で提示されている論点に戻り、AIと経済に関連して、今後、直面しうる問題について、少し掘り下げてみていきましょう。