『人工知能と経済の未来』を読んで その6
矢浪です。私の方は、AO入試・推薦入試以前に常日頃から、ご自身の関心分野を見つけられる上で、参考になりそうな話題を中心にお届けしておりますが、今回は、井上智洋著『人工知能と経済の未来』(文春新書)の第6回目です。
前回は、AIを中心とした研究開発やその実用化の進展により、多くの労働者の方がAIロボット等に職を奪われ、2045年頃には、社会が必要とする仕事をし続ける方が全人口の約一割にも激減してしまいますが、この本によれば、産業全体の生産性も向上することにより、富も蓄積されるため、ベーシック・インカムのような仕組みにより、分配されれば、このような問題が回避できる旨、書かせていただきました。
ただ、その途中の過程にもいろいろと解決すべき問題がありそうですし、また、このような仕組みが導入後された後にも究極的に考慮すべき問題が浮上してきそうですね。
今後、数十年の途中の過程に関しましては、この本でも、AIの導入の進展と労働市場や経済成長との関りからシナリオが提示されております。
これはこれで、説得力があり、読み物としても面白いのですが、現実的には、難解な問題を含んでいると思われますので、スケジュールの関係で、後回しにさせていただき、今回は、まず、仮にこのようなシナリオが現実化し、ベーシック・インカムの仕組みが導入され、幸いにも経済の問題が解決されたとした場合、この後に発生しうる究極的に考慮すべき問題に関して、考えてみたいと思います。
これは、意外にも大学の学部で言えば、文学や哲学といった人文学部系に近いところの視点になってくるかと思いますが、人間の生き甲斐はいったい何なのかを考えた場合、「仕事をしなくても充実した人生を送れるのか?」という問題のような気がします。
この本でも、これに関して、本文というより「おわりに」という表題によるあとがきの方で、バタイユという思想家が説いた有用性から至高性への重点の移り変わりで説明されております。
これは、AIの進展によりもたらされるモノがあふれた過剰な社会では、資本主義の経済体制で大きな役割を果たしてきた投資や労働のような将来の富のために何か有用なことを提供するよりも、消費のように生活を楽しむことの方が重要になり、これまでとは違い、今を充実して生きるといった至高体験に重きがおかれることになるという視点ですね。
もちろん、2045年頃にはこのような状況になっているかもしれないですし、そうなっていないかもしれないのですが、ただ、大局的にはこのような方向に進むことに間違いはないように思われます。
アマゾンの書評を見た限りでは、この本では、本文もさることながら、この「あとがき」部分の評価も高いようです。
今後のAIロボットの活躍が、人間の価値が何であるかといった究極的かつ哲学的な問題の再考を促してくれるということのようですね。
ただ、私自身は、人間が仕事をするのは、単に生計を立てるということ以上に、何らかの形で社会に貢献したいということや、そこまでいかなくても、他の方と関りたいという欲求もあるようにも考えていますが、これに関しては、またの機会に経済の仕組みとの関りで触れたいと思います。
とりあえず、今回は、有用性から至高性への重点の移り変わりが長期的なトレンドになりそうとの観点から、話を進めてみたいと思います。
私の学生の頃は、法学部や経済学部、教育学部、理科系全般といった産業に近い学部、言い方を変えれば、仕事に直結しやすい学部の方に人気があったのですが、今後は、文学部、芸術学部といったどちらかといいますと人間自体の価値を扱う学部の地位も向上していくようにも思われます。
AO入試・推薦入試の現段階での実施状況はわかりませんが、学問であれ、芸術であれ、この方向にご興味のある方は、ご自分の求められるものを掘り下げてみられるのもいいかもしれません。
それから、もちろん従来からもありましたが、科学哲学や文化経済学のような、学際分野も、ますます充実し、研究分野として、今後は新しいユニーク組み合わせも少なからずでてきそうですので、おそらく皆様の選択肢も多くなってくるだろうと予想されます。
実は、私自身は地方の大学の法学部の出身ですが、在学中に、偶然、同じ建物で講義が行われている人文学部に、村上陽一郎氏という科学史や科学哲学を専門とされている先生が、首都圏の大学から、集中講義にいらっしゃいました。
友人の誘いもありましたので履修の単位には全く関係がなかったにもかかわらず、聴講してみたのですが、この時に習った科学史における理論の発展の仕方に関わるセオリー・レイドン(theory laden)という考え方がダイナミックで、今でも印象に残っており、これは真理を追究するといった性格の研究ですが、ユニークで、それ自体に価値があるように感じられました。
また、ここでの文脈に反するようですが、結果的には、このような物事のとらえ方が、仕事でも役立っているように思われます。
皆様も、とりあえず、今からでも、ご自分の興味がある分野を掘り下げて考えみられて、既存の実学系の学部の講義に入っている場合もあるかもしれませんが、文化や芸術の関連の学科とともに、ユニークな組み合わせが感じられる新しい研究分野やこれらを専門とされている教授、准教授、講師の方を見つけられて、AO入試や推薦入試で、その分野を研究されたい旨、伝えられれば、憧れの先生のもとで関心のある分野を楽しく、わくわくしながら学ぶことができるかもしれません。
平均的なサラリーマンやオフィスレディの方のライフスタイルも、一日の勤務時間が、現在の8時間ぐらいから、30年後には、在宅勤務やサテライトオフィス勤務が増える等多様化しながら、3~4時間ぐらいになっているかもしれませんので、全体的な人生設計に関しても現在とは異なる新しい考え方が必要となるかもしれません。
このような視点も踏まえて、皆様も、メディア学科のような新しいイメージの学部や既存の学部を問わず大学のホームページやシラバス等を検索されて、文化、芸術、伝統工芸の関連はもとより、学際的な新しい学科も含めて、幅広くチェックされれば、バタイユの説くところの至高性を追求できる面白そうな研究分野を見つけられるかもしれません。
さて、次回は、5月20日に予定されています将棋での佐藤天彦名人とポナンザとの対決にも注目したいと思いますが、それ以降は、改めて、AIと経済に関して、今後、直面しうる問題について、もう少し掘り下げてみていきます。