『人工知能と経済の未来』を読んで その4
矢浪です。私の方は、AO入試・推薦入試以前に常日頃から、ご自身の関心分野を見つけられる上で、参考になりそうな話題を中心にお届けしておりますが、今回は、井上智洋著『人工知能と経済の未来』(文春新書)の第4回目です。
今回も、この本から、少し離れ、最近、人工知能の高度化により多大な影響を受けている将棋界に関して、前回とは異なる視点から取り上げていきます。
さて、今回は、昨年の末ぐらいに話題となった竜王戦で三浦弘行九段が挑戦権を得ながらも、休憩中に、スマートフォンにより不正にAIソフトを参照したと疑われ、出場停止の処分により、竜王への挑戦が実現しなかったという事件がありましたので、これを中心に取り上げたいと思います。
竜王戦は、将棋界では名人戦と並び称される二大タイトル一つで、歴史がある名人戦よりも賞金額が高いことでも有名です。
この連載では、この事件の紹介や事実の究明というよりも、皆様がこのような事態に直面したらどう対処していくかということに主眼を置いて書かせていただきますので、詳細の経緯は省略させていただきますが、最終的には、第三者委員会の裁定により、当初、問題視された三浦九段の30分間の離席さえなかったということや、スマートフォンの使用やコンピュータの指し手との同一性等関しても証拠不十分なことが判明したため、事後的には、様々な名誉回復措置がなされたようなのですが、当初、予定されていた竜王への挑戦はやはり実現しませんでした。
もちろん、現在のように人工知能が人間の棋力を上回り始めた時代においては、金属探知機等の導入がよいのかわかりませんが、日本将棋連盟での、この種の問題に対して必要となる対応措置の検討が遅れてしまったということも問題だったかもしれません。
また、途中過程において、印象に残った出来事として、歴史的な最強の棋士として名高い羽生善治三冠(王位、王座、棋聖)が、意見を求められた際に、証拠不十分(灰色)のため「疑わしきは罰せず」が原則のような趣旨のことを言われたみたいですが、灰色という言葉から、三浦九段を疑っているようにだけ受け取られたみたいで、奥さんのツイッターを通して、真意の表明がなされたことも話題になったようです。
ただ、それが、その時点で三浦九段への処分の取り消しや竜王への挑戦という形での反映もされなかったことを考えると、このような見方は、その場では、やはり少数派で、あまり重要視されなかったと想像されます。
AO入試・推薦入試との関連になりますが、法学部では、「疑わしきは罰せず」のような法理念は、もちろん専攻分野にもよるのですが、裁判官や弁護士を目指されていらっしゃる方はもちろんですが、特に刑法や刑事訴訟法の関連では、かなり大きなテーマとして学ぶことになる方もいらっしゃるかもしれません。
これは、法学部で学ばれた方とそうでない方との認識の違いが生じやすい分野のように思われますが、羽生三冠の場合も、学識者の方々との交流があるためか、このような法的な理念も尊重されているように見受けられます。
がただ、ごく平均的な一般人の社会通念としては、どうしてもこのように考えなければならない必然性がないためか、この理念を認識されている方とそうでない方とのギャップも大きいため、今回のような行き違いが生じることも多いようにも感じられます。
実際に三浦九段の竜王への挑戦が当時、実現しなかったのは、将棋界だけの問題というよりも、この種の事態に対して、ごく平均的な一般人の社会通念で判断する方が多いためか、「疑わしきは罰せず」のような理念の浸透が不十分だったとの見方もできなくはありません。
もちろん渦中にあっては、このような対応を取りにくいのは確かですが、とりあえずこの竜王戦を当初の予定通り実現させておいて、状況によっては、調査結果を吟味の上、後で判断するといった対処の方法も可能だったかもしれません。
これは、その組織の存続にも関わる問題にも発展しかねないため、最終的には、その時点での重責を担う立場の方がご自身の見識で判断されることではありますが、20~30年後くらいに、皆様もこのような立場に立たれた場合、どうしたらよいかを、常日頃から考えておかれるとよいでしょう。
この「疑わしきは罰せず」のような考え方を啓蒙するために制作されたのかどうかはわかりませんが、私もヘンリー・フォンダの「十二人の怒れる男」のような陪審員制度でのやりとりを通して、このような理念を訴えかけるような映画をテレビで観て、感銘を受けたことがあります。
この「十二人の怒れる男」に関しましては、少なくともアマゾンでのDVDの販売は確認できましたので、特に法学部をAO入試・推薦入試等で受験される方は、もし可能でしたらこのような映画もご覧になられればと思います。
また、「推定無罪」という言葉がありますが、これをWebで検索されて、ウキペディア辺りで、ご覧いただくだけでも、法廷に限らずマスコミ報道や今回のような業界や組織内での対応のような微妙な問題に関しても多くを学ぶことができるでしょう。
それから、これは法学部というよりも、一つのロジカルシンキングの一手法とも言えるかもしれませんが、ディベートでこのようなテーマを扱うことにより、より視野を広げられるように思われます。
今回の事件で一番、疑問に思ったことは、今からでも、竜王戦をやり直したり、もしくは、それが、もう遅いということでしたら、今年度の竜王戦に関しては、正式に決定された挑戦者と、竜王のタイトル保持者と三浦九段の三者の総当たり戦を設けたりして、次期の竜王を決定すればいいのではないかと感じられた点です。
竜王戦の賞金は他の棋戦とは比べ物にならないほど高水準ですので、これを今回は特別な事情があったわけですから、今回限りの特別措置として、うまく分配すればよさそうにも感じられます。
ただ、これをディベートという形式で、賛成派と反対派に分かれて、議論すれば、おそらくは反対派からは、単に賞金だけでなく、タイトル戦を全国あちこちの会場で設けて用意するにもかなりの予算がかかるため、スポンサー側の合意を得るのさえ難しいという反論が出てきそうですので、賛成側には、かなりリーズナブルなプランの提示が必要になってきそうです。
このような先進事例でケーススタディー的なディベートをやってみることも、皆様が将来このような立場に立たれた場合の対応力を養う上で有効なのではないでしょうか?
当然、今回のような技術の進歩により引き起こされる問題を事前に防ぐためにはどのような措置をとるのが妥当かも話し合われますので、今後、皆様の職場で同様の問題が起こった場合の対策を考えるための訓練にもなりそうです。
おそらく企業等に入られた場合は、より専門的な問題分析の手法に接する機会もあるかと思いますが、高校生の皆様の段階では、特にこのような技術の進歩への組織や業界としての対応や法規範に関わるテーマでのディベートを経験されることをお勧めします。
カンザキ塾の関連でも、今後、このような催しがありましたら、是非、参加されることをお勧めします。
また、AO入試・推薦入試への関連では、これは、法学部に進学される方の最大の関心事ともいえるかどうかもわからないのですが、先ほどから申し上げている「疑わしきは罰せず」も含めたデュー・プロセス(適正な法手続き)のような法理念に関して、その精神を実感として、ご理解いただくと同時に、現状の一般人の常識とのギャップをどう埋めていくかも含めて考えを深めていただくことも重要かと思われます。
特に弁護士や判事、学者を志す方はもちろんそうですが、法学部に進学されようとしている方やこのような法理念に関して興味がある方も、先ほどの映画以外に、これに関わるテーマでの書籍も出版されているかと思いますので、あれこれと、ご覧になられ、過去に起こった冤罪事件を含めて、いろいろな場合を想定して、この理念が必要とされる背景をチェックしてみられるとよいかもしれません。
また、これは応用編になるかもしれませんが、「疑わしきは罰せず」の理念を適用するのが必ずしも適切といえない場合や、これを適用しにくい業界等もありそうですので、これについても考えてみていただければと思います。
まだ、将棋の話題で、人間対人工知能に関して触れたいこともあるのですが、来る5月20日には佐藤天彦名人対ポナンザの第二戦目も控えていますので、これについては、後回しにして、次回からは、いよいよ人工知能の実用化の進展と今後、求められる経済のパラダイムとの関係について、考えてみたいと思います。