『人工知能と経済の未来』を読んで その3
矢浪です。私の方は、AO入試・推薦入試以前に常日頃から、ご自身の関心分野を見つけられる上で、参考になりそうな話題を中心にお届けしております。
今回は、井上智洋著『人工知能と経済の未来』(文春新書)の第3回目ですが、この本から、少し離れ、最近、特に、人間とAIとの優位の逆転が顕著にみられる分野について、具体的に考察しつつ、人工知能について、前回、触れなかった点についても補足してみたいと思います。
さて、このような人間とAIとの優位の逆転が顕著にみられる分野がありますが、それは、いったいどこなのでしょうか?
おそらく、皆様も、この一週間で、あれこれ思いつかれた領域があるかもしれません。
私と答えが一致するかは、わかりませんが、私が、感じている人間とAIとの優位の逆転が顕著にみられる分野は、知的ゲームの世界です。
オセロ、チェス、囲碁、そして、特に、日本では、将棋がこれに当たります。
オセロ、チェスに関しては、前世紀末頃に、また、さらに奥深いとされてきた囲碁についても、昨年、第一人者の方が、人工知能を搭載したシステムに敗れるという報道が相次ぎました。
そして、日本のおける知的ゲームの代表格ともいえる将棋に関しても、2010年に情報処理学会が日本将棋連盟に対して挑戦状を送ったことをきっかけに、これ以降、公式の場での戦いが頻繁にみられるようになりました。
2010年の当時、女流トップ棋士ともいえる清水市代女流王将の敗戦、2012年には、日本将棋連盟の会長であられた故米長邦雄永世棋聖(但し、当時、すでに引退)の敗戦を皮切りに、電王戦での団体戦や個人戦で、若手や中堅を中心とした現役棋士方々とコンピュータの戦いが繰り広げられました。
対戦結果のデータを眺めた限りの全体的な印象としましては、コンピュータに対する人間の現役棋士の側の劣勢が明らかになりました。
ただ、このような状況ではありますが、2つのことが気になります。
一つは、将棋界の第一人者と最強のAI将棋ソフトの実質的な意味での頂点対決が実現していなかったというのが正直なところです。
そして、もう一つは、全体的には、劣勢ながらも、2015年の団体戦に見られますように、最近は、人間である現役棋士の方がコンピュータ側のロジックの盲点をついて、勝つことも出てきているということです。
これらにつきましては、別途、触れたいと思いますが、まずは、AI将棋ソフトがどのように、人間のトップクラスの棋士の方に勝てるようになったかを見ていきます。
まず、将棋は、相手側の玉を取る(詰ませる)ことによって勝ち負けが決まるゲームです。
最初の駒組や陣形を整える序盤と実際に駒が激しくぶつかり合う中盤、そして、相手側の王や玉を取る詰ませる終盤に分かれます。
そして、もともとコンピュータ(AI将棋ソフト)が得意としてきたのは、相手側の玉を詰ませる終盤で、これは、コンピュータがその驚異的な探索の機能を駆使して、指し手の展開をシミュレーションすることにより、自玉が安全か否かや、相手側の玉の詰みに至る手順を人間以上に速く、しかも正確に読めるからにほかなりません。
ところが、序盤に関しましては、コンピュータ自体が人間の作り出した定跡にどこまで従うかもありますので、人間がもつ大局観の方が優れているかどうかは何とも言えないのですが、コンピュータの探索できる範囲にもやはり限界があったことから、人間の方の優位が明らかで、これ自体は、永遠に覆ることはないという印象さえありました。
また、中盤に関しても、駒の価値や働き等を点数化して、形成を判断するような仕組みも、コンピュータならでの機能ですが、こちらも、トップ棋士の方々が百戦錬磨で身につけられた大局観や直感のほうが勝っている状況が長く続いていたように見受けられます。
ところが、今世紀に入った前後あたりから、これまで、コンピュータが苦手としてきた序盤や中盤あたりでも、今、話題になっている機械学習やディープ・ラーニングの周辺分野の研究が著しく進展したことから、コンピュータ側の人間のトップ棋士の方々の実戦譜からの学習が進み、2010年くらいには、おそらくは、実力伯仲となり、これが、挑戦状の送付までにも至った背景にあります。
そして、公式戦での人間対コンピュータの実質的な最初の頂点対決ともいえる佐藤天彦名人と現在、最強のAIソフトのポナンザとの電王戦での二番勝負が、ついに始まり、4月1日に開催された第一戦目は、コンピュータ側の勝利に終わりました。
これは、まだ、途中の段階にすぎず、今後の経過を見守る必要がありますし、また、人間対コンピュータの頂点対決という観点では、これまでの対戦に関しても、また、他の意味合いでも考慮すべきことがありそうですが、これにつきましては、次回以降で触れたいと思います。
ただ、この対戦後の記者会見で開発者の方か、AIソフトの終盤に(人間の頭脳を真似た)機械学習の仕組みを取り入れると逆に弱くなってしまうという示唆に富むコメントがあり、とても印象的に残りました。
終盤のように相手側の玉を追い詰める場面では、今、話題になっています機械学習の機能よりも、もともとのコンピュータの強みであるロジカルな探索によるシミュレーションの機能の方を活用していくほうが有効ということのようですね。
皆さんも今後、コンピュータやAIソフトを活用することがあるかもしれませんが、このような活用の場面での向き不向きといった微妙な違いを頭の片隅にでも入れておかれると、どのような研究に取り組まれても、また、どのような職業につかれた場合でも、決して損はないでしょう。
それでは、次回は、引き続き人工知能の高度化により多大な影響を受けている将棋界に関して、別の観点から取り上げていきます。
皆様も、おそらく10年後や20年後くらいに同じような立場に立たされる可能性もありますので、まずは、このような分野での先行事例を見ていくことにより、今後、同様の事態に遭遇した場合にどのように対応していくのがよいかを一緒に考えてみましょう。
これは、AO入試・推薦入試への対策以前の話になるのか、それを超えた話になるのかはわかりませんが、技術の進歩への組織としての対応や法規範との絡みでも、皆様の世代が直面しうる課題のようなものも見えてきますので、コンピュータ・サイエンス、化学、生物学や医学部の関連はもちろんですが、それ以外の分野に進まれる方にとっても、今後、ご自身の研究分野を模索していく上で、多くの示唆が得られるでしょう。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。